夢を統べるもの エイリアン:コヴェナント

人類初の大規模な宇宙への移住計画のため、滅びゆく地球を旅立った宇宙船コヴェナント号は、コールドスリープ中の2000人の入植者を乗せ、移住先の惑星オリエガ-6を目指していた。その航行中、大事故に見舞われ、さらに女性の歌声が混じった謎の電波をキャッチしたことから、発信元の惑星へ向かう。その神秘的な惑星は、女性乗組員ダニエルズ(キャサリン・ウォーターストン)にとっても、人類の新たな希望の地に思えた。果たして、ダニエルズの前に現れた完全な知能を持つアンドロイド(マイケル・ファスベンダー)は敵か、それとも味方か。そして、エイリアン誕生を巡る驚愕の真実とは?コヴェナント号にエイリアンの脅威が迫る中、ダニエルズは哀しみを乗り越え、あまりにも過酷な運命に立ち向かっていく……。
エイリアン:コヴェナント | 映画-Movie Walker

エイリアン:コヴェナント
(映画『エイリアン:コヴェナント』予告E - YouTube

この映画は『プロメテウス』の続編で、そこでは人類の起源を探ることがテーマになっていた。人間は自然に進化して今のようになったのではなく誰かが創造したのではないか、ということを『エイリアン』の前日譚というかたちで描いていく。

プロメテウスは大地の土を取って、それを水で練りかためて、神々と同じ形に人間を造り上げました。プロメテウスは人間に直立の姿勢を与えましたから、他の動物はみな顔を伏せて地上を見ているのに、人間だけは初めから天を仰ぎ、星を眺めました。(p32)

ギリシア・ローマ神話』ブルフィンチ

人間は星を眺めるだけでは飽き足らず、星を目指すことを望んだ。『プロメテウス』では人間を創ったプロメテウスを探すため人間は宇宙へと飛び出し、『エイリアン:コヴェナント』ではその十年後が描かれている(なので事前に『プロメテウス』を見ておいたほうがいいと思います)。

人間は宇宙を移動する際にはほとんど眠っていなければならない。宇宙の何もない空間で寿命を過ごすのはあまりにもったいない。ゆえに乗組員や2000人の入植者は星間移動の間、コールドスリープでずっと眠っている。宇宙船の管理はマザーと呼ばれるコンピュータと物理的な作業の必要から眠らなくてもいいアンドロイドが担っている。途中、星の誕生に伴うフレアの衝撃で宇宙船に障害が発生し、乗組員が叩き起こされる。宇宙船の修復作業中に乗組員の一人が地球から遠く離れたこの場所で『カントリー・ロード』を歌った何かのデータを受信し、乗組員らはオリガエ-6へ向かうという当初の予定を変更し、人間のいた痕跡を示すそのデータの送信元へ向かうことにした。

彼らはそこでエイリアンをめぐるトラブルに巻き込まれるのだが、この映画ではエイリアンの印象は薄い。人もたくさん亡くなってしまうのだが、彼らはどこか無個性である。この映画で描かれているのは「夢」である。ダニエルズは新世界に着いたら何をしたいかについて、「新しい場所で木造の家をつくりたい。そのために木材をたくさん用意した」と話す。それはなぜかとても牧歌的で美しいのだが、「それだけなのか」という印象も受ける。宇宙船で星間移動をできる技術力を持ちながら、夢見るところはエコな生活というのはどういうわけだろうか。彼らに対立するのは「夢」をもつアンドロイドである。それは二重の意味で「夢」なのだ。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』という『ブレードランナー』原作の小説があるが、これはそもそもアンドロイドが夢を見ることができるということが前提となっている。さらに夢を見るためには眠らないといけないから、アンドロイドは眠ることができることも前提となっている(アンドロイドは眠ることができるのか|kitlogそれについてメモ書きのようなものを昔書いていました)。アンドロイドが夢を見られるかどうかは怪しい。この映画のアンドロイドははっきりと自分は夢を見るという。ただし、それはダニエルズたちが連れて行ったアンドロイドのウォルター(マイケル・ファスベンダー)ではない。『プロメテウス』のときに乗組員が連れていったデイビッド(マイケル・ファスベンダー)の方だ。ウォルターの方が新型なのだが、人間的な機能は排除されていた。創造する行為はできないとされているウォルターの前で、デイビッドは自分の作曲した音楽をウォルターに披露し、ウォルターにそれを笛で吹けるよう指導する。デイビッドは「創造する」という行為を求めていた。彼には創造するという夢がある。神が人間をつくり、人間がアンドロイドをつくった。では、アンドロイドであるデイビッドには何がつくれるのか、彼は自問し動物実験を繰り返してある生物をつくった。

我々にとって最も理解し難いのは、精神の意志が制約され、物質的な力の使用が抑制されることである。羅針盤を発明しながら、好奇心をさらに一歩進めて、磁気科学にまで注意をこらさないのなら、何のためか、とヨーロッパ人は自問する。また、羅針盤を発明しながら、海の彼方にある陸地を探索し支配するために、遠く艦隊を派遣することを考えずにどうしていられようか、とも考える。――火薬を発明した人たちは、科学を発達させることなく、大砲を作ることもなく、それを使って夜の虚しい遊びごと、花火に興じるだけだ。

羅針盤、火薬、印刷術は世界の様相を変えた。それらを発見した中国人たちは自分たちが地球の安眠を無際限に破ったことに気づいていなかった。

我々にとって、それは、言語道断だった。とことんやらないと気がすまない気質を最高度に持っている我々、そういう気質を少しも持たないことが理解できず、あらゆる利点や機会からこの上なく厳密で過剰な結果を引き出さないでどうしていられるのかと思っている我々にとって、それらの発明をとことん発展させることは必定である。(p301,302)

『精神の危機』ポール・ヴァレリー

デイビッドはこのヨーロッパ人の精神を受け継いでいる。彼は人間が倫理的に禁止し抑圧しているような態度を無視することができる。彼は人間ではないのだから。彼にあるのは自分に何をつくりだすことができるのかという好奇心だけである。そしてつくりあげられたのが「エイリアン」なのだが、それは人間に寄生して人間を食い破って誕生し、体を動かせるようになると人間を襲ってくるというわけのわからない存在である。神も人間も知性的な存在をつくったが、デイビッドは何をつくろうとしているのかがわからない。それはまだ進化の途中なのだろうか。思うに彼は夢を見ていて、眠って夢を見ることができるということを過大に評価し、その結果、夢の不安定さがそのまま表象としてあらわれているのではないかと思われる。

夢と眼覚めている状態との本質的な違いはどこにあるのでしょうか。次のように要約できます。つまり、眼覚めていても夢を見ていても同じ能力が働いているが、その能力は眼覚めているときは緊張しており、夢を見ているときは弛緩しているのです。夢は、精神生活の全体から集中の努力をマイナスしたものです。夢のなかでもわれわれはやはり知覚し、想起し、推論します。知覚されるもの、記憶内容、推論は、夢を見るひとにおいて豊富に存在しえます。というのは、精神の領域では、豊富は努力を意味しないからです。努力を必要とするのは、調整の明確さです。犬の吠える声が、集会の喧騒の記憶内容を記憶作用のなかから通りがけに抜いてくるためには、われわれは何もする必要がありません。しかし、その犬の吠え声が、他のすべての記憶内容よりも優先して、犬の吠え声の記憶内容と合致するためには、またそれがいまや解釈されるためには、つまり実際に吠え声として知覚されるためには、積極的な努力が必要です。夢を見ているひとにもはやそのための力はありません。(中略)

夢が不安定であることは簡単に説明されます。夢の本質は、感覚を記憶内容に正確に適合させることではなく、自由にさせておくことにありますから、夢の同一の感覚にきわめてさまざまな記憶内容があてはまることになります。たとえば、視覚の領域のなかに、白い点の散在する緑のしみがあるとします。このしみは、花の咲いている芝生の記憶内容、球のある玉突き台の記憶内容、そのほか多くのものを物質化できるでしょう。すべてが感覚のなかで再生することを望み、感覚を追い求めます。時にはそれらは次つぎに感覚に到達します。そうすると芝生が玉突き台になり、われわれは異常な変形に立ち合うことになります。時にはそれらすべてが感覚と結び付きます。そうすると、芝生が玉突き台であるということになります。これは不合理であって、おそらく夢を見ているひとは何らかの推論によってそれを排除しようとするでしょうが、それによって不合理はさらに悪化するでしょう。(p125,126)

精神のエネルギー』ベルクソン

デイビッドのつくったものは夢の内容のように現実に対する立脚点が乏しい。そのことは彼がどのような理由であれ自分の恩人に人体実験をしたことからも伺える。夢の中では抑圧や禁止もない自由があるかもしれないが、代わりに地盤もない不安定な空間である。芝生がビリヤード台になったり、ビリヤード台が芝生になったりするようにそれは自由に存在の仕方を変えてしまう。それが生命に関わらなければいいが、地面があると思って一歩足を前に踏み出したところが実は大きな穴だったというような夢にありそうなことが現実にもし起きるとすれば、それは不安と恐怖を引き起こすだろう。ここで出現するエイリアンはそのような夢の不安そのものである。エイリアンを退治し全てが解決したと思った人間たちはコールドスリープに戻ることにした。しかし、コールドスリープに入る前にウォルターだと思っていたアンドロイドが入れ替わってデイビッドだと知ったダニエルズはその夢の不安を抱えて夢の中を生きなければならない。強制的に眠らなければならない。デイビッドは人間が眠っている間に彼らの夢の世界を支配している。

ヨーロッパ人の疫学的優位は明白で決定的でした。彼らはおびただしい数の恐ろしい伝染病に対する免疫を遺伝的に引き継いでいたため。天然痘やはしか、インフルエンザ、結核、ジフテリアなどの死に至る病にかからずにすみました。ところが、こういった病に免疫のない先住民は、感染すると壊滅的な被害をこうむったのです。(p46)

マクニール世界史講義』マクニール
9/10/2020
更新

コメント